2009年12月31日

失われた物

 個人的には色々な出会いがあって収穫の多い年だったと思うのですが、その一方で生活の一部であったラジオ番組が三つも無くなってしまった一年でもありました。

 サイキック青年団はほとんど聴かなくなっていたんです。それは面白くなくなったからではなく、面白すぎて寝られなくなるので聴くのを止めたんです(笑)。2時45分以降に寝ると社会人としては翌朝がきつい!とはいえイベントには欠かさず行っていたので無くなるのはやはり寂しかったです。ただ不思議とサイキックがこれで終わる感じがしないために、総括するのはまだ早い感じがするんです。ラジオ番組なのかイベントなのかは解りませんが誠さんと竹内さんがどこかで楽しく喋っているような気が…。


 ネタ職人を始めたきっかけはまだ関西ローカルの存在だったアメザリさんを見て「この人達、絶対死ぬまで漫才やっている。応援して上げたい。」という気持ちからスレッドキングABCに投稿し出したのですが、オープニングでの普通のお便りや「ネットで見つけた面白ニュース」といった難易度の低いコーナーにしか関わっていませんでした。それが1時間から30分に縮小されてこれらのコーナーが無くなったために「自分には向いていない世界。」と思いつつもネタ職人界に飛び込まざるを得ない状況になってしまいました。正直言うと最初は嫌々ネタを書いていました(笑)。嫌だったけど番組を盛り上げたい気持ちがそれを上回っていたのかな?それが経験を重ねていく内にある程度出来るようになるんですから不思議なもんです。

 スレッドキングABCが終了したことは戦う場が無くなった喪失感はあるにはあるのですが、アメザリさんの東京での仕事の比重が大きくなっていく様子を見ていて「このまま大阪のラジオ番組をやり続ける事は東京での仕事の足かせになるのでは?」とも思っていたので変な感じですが終わってホッとした所もあります。


 「全力投球!!妹尾和夫です」が終わったのは人気もあっただけにただただ勿体ない感じがします。「おそらく」景気の冷え込みその他諸々の影響で終了せざるを得ない事情があったとはいえねぇ…。この番組にも仕事の合間にちょこちょこ投稿していたのですが、妹尾さんの代名詞となったCEO(ちょっと・エロい・おっさん)は僕が作り出した物なんです、実は(笑)。番組に投稿している他の方々にもこのCEOを愛用していただいたので僕としては良い物を生み出したな、と自負していました。ただ番組が終わるのと同時にこの言葉も無くなってしまう訳ですが。

 しかし振り返ってみるとパーソナリティーは当然として、スタッフやリスナーにスポットライトが当たるラジオ番組って普通はないですよねぇ。オンリーワンでしたよね。名物リスナーさん達、お元気でしょうか?


同じカテゴリー(スレキン)の記事画像
アメザリさんの大阪ライブに行ってきました!
マック赤坂さんに遭遇!
同郷のミュージシャン、そえんじさんと
九段会館
いつもラジオと一緒
元姫路市民さんの本を買う
同じカテゴリー(スレキン)の記事
 アメザリさんの大阪ライブに行ってきました! (2013-02-08 23:52)
 アメザリさん久しぶりの大阪単独! (2013-01-17 10:48)
 マック赤坂さんに遭遇! (2012-10-07 17:15)
 同郷のミュージシャン、そえんじさんと (2011-08-29 20:16)
 九段会館 (2011-04-24 00:04)
 いつもラジオと一緒 (2011-03-10 00:08)
Posted by 天野"kevin"達也 at 13:55│Comments(2)スレキン
この記事へのコメント
スレキンが無くなったのは残念ですが、僕的には「アメザリとネタ職人の関係」を「ふたりののび太と無数のドラえもん」と表した自分のネタがスレキンで最後に読まれたネタ(だったと思う)で、それが番組内である程度まで浸透しただけでも、番組に貢献できたかなと思いますけどね。

あとはアニソンキング復活させたこと。あの頃(08年1月~4月)はほぼモンハンの話ばっかで個人的につまんなかったから(毎週恒例のテープ録音すらこの期間はやっていない!)。
Posted by 駿速馬 at 2009年12月31日 20:33
おー、ドラえもんは駿足馬さんが作ったの?やるねぇ。

無理には奨めないけどモンハン、おもろいよ。
Posted by ケビンコナスケビンコナス at 2009年12月31日 21:09
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。